奥平真吾(ds) Shingo OKUDAIRA

1966年、東京都出身。3才の時に音楽好きな両親よりドラムセットをプレゼントされ、クラシック、ジャズ、アフリカンビートを教わる。
1971年に両親の仕事によりケニア共和国のナイロビに移り住み、1974年に帰国するまで幼年期をナイロビで過ごす。

帰国後はジミー竹内(Ds)に師事。
1975年、僅か9才の時にジャズクラブのセッションにおいてドラミングを披露、少年天才ドラマーとして全国版のニュース番組に報道され一躍時の人となる。
1977年に初リサイタルを赤坂TBS ホールで催し、1978年、11才の時にデビュー・アルバム「処女航海」をリリースする。

中学生になると、当時高校生だった本多俊之(As)に誘われ、彼のバンドであるバーニングウエーブに参加する。この頃に、バーニングウエーブを初めドラムバトルなどのレコーディングにも多く参加している。 その後、高校受験や大学受験の為にレギュラー活動を制約せざるを得なくなるが、学校の合間を縫ってクラブのセッションなどに参加している。
中学生の時に本多俊之(As)に誘われて、本多俊之バーニング・ウエーブに参加。
以後、高校在学中においても、数々のセッションやレコーディングに参加している。
法政大学在学中は益田幹夫(Pf)カルテット、辛島文雄(Pf)トリオに参加し、本格的なジャズ活動を始め、ピュアなジャズドラマーとして不動の人気を得る。

大学卒業後の1991年、24才の時に更なる飛躍を求めてニューヨークに移り住む。
そのニューヨークでは、多くのミュージシャンから信頼され、かつてのマイルス・デヴィス(Tp)のメンバーであった、
カルロス・ガーネット(Sax)のレギュラードラマーとして起用される。
19年のニューヨーク生活において、ベテランといわれるミュージシャンから、中堅や同年代のミュージシャン達との交流は数多く、その活動の数は数え切れない程である。
主だったところでは、カルロス・ガーネット(Sax)、ケニー・ギャレット(Sax)、ディヴ・バレンタイン(Fl)、スティーブ・スレイグル(Sax)、マーク・グロス(Sax)、
ティム・アマコスト(Sax)、ドン・フリードマン(PF)、デューク・ジョーダン(Pf)、シェリル・ベイリー(Gtr)等々
奥平真吾のニューヨーク・ユニットとして日本国内のツアーも何度か行っている。

リーダー・アルバムは1978年「処女航海」、1995年「キリフィ」、1996年「マコンデ」、1998年「アリセマ」、2009年「ザ・フォース」の5 作品を発表している。

2010年7月に日本へ帰国、これを機に奥平真吾The Force のメンバーを再編し、先鋭的なバンドとして活動を始めている。